専用汽船で往来
専用汽船で往来する大久保と西郷。
1865年(慶応一)に入ると、西郷と連携しての大久保の活動は忙しさを増し、移動にはたいてい藩の蒸気船を使うようになりました
1月25日、西郷が征長軍参謀としてあえて妥協的な長州処分を行って帰藩したのに代わって上京する際、大久保は、鹿児島から蒸気船小〔胡〕蝶丸に乗り、長崎・博多に立ち寄って用事をすませ、2月5日大坂に着いています。
このときの小蝶丸は大久保のいわば専用船として使われているのであり、しばらく連絡用に摂海(目大阪湾)に碇泊させておくと西郷宛の手紙で述べています。